未来の価値 第50話 |
「一体どういう事ですか姉上!!」 ルルーシュは目の前にある通信モニターに映る異母姉に怒鳴りつけた。傍に控えていたダールトンは、なんて怖いもの知らずなんだという蒼い顔で成り行きを見守っている。同じくこの場にいるクロヴィスと後方に控えているバトレーとジェレミアも、この皇女相手にひるみもしないルルーシュに驚きの顔を向けていた。彼女をあしらえるのはそれこそ皇帝と、宰相ぐらいだ。無謀すぎると誰もが見ていた。 『知っての通りだ。それ以外に説明することなど無い』 鋭い視線でこれは決定事項だというコーネリアに、ルルーシュは頭を振った。 「なぜエリア11の総督でもない姉上が、何の権限も持たない姉上が!こちらの事に口出しをするのですか!しかも勝手に指示を出し、事を進めるなど!これは越権行為です!!」 気付いた時にはすでに全ての手続きが終わっていた。 急ぎダールトンにたのみ、クロヴィスも交えて通信回線を開いたが、相手はルルーシュのこの反応を予想していたのか相手にするつもりも無いという態度をしめした。それがますますルルーシュを苛立たせた。 『これが最善だからだ』 「何処がです!」 『ルルーシュ、あの男は日本最後の首相の息子だ』 「知っています」 スザクの事なら、ルルーシュはここにいる誰よりも知っている。 そのルルーシュに今更何を確認する事があるのだと、クロヴィスは眉を寄せた。 『つまり、いつ我々を、いやお前を裏切るか解らない男だという事だ』 コーネリアの口から出た言葉に、クロヴィスとバトレー、ジェレミアは絶句した。確かに属国の者ではあるが、ルルーシュへの態度を散々見ている面々からすれば、ブリタニアを裏切る可能性はあるかもしれないが、ルルーシュを裏切る可能性などあるとは思えなかった。そこまでの信頼をスザクは得ていた。 「やはり、踏み絵ですか」 ルルーシュが苦々しく言うと、何だ解っているじゃないかとコーネリアは微笑んだ。 「踏み絵?」 それはなにかね?とクロヴィスは尋ねた。 「スザクに私たちを裏切る意志は無いか、何があってもこちら側にいる人間なのかを調べるのが目的なんです。この命令に従えるならよし、反抗するなら反逆の意思ありと判断すると言っているんですよ」 「な!?姉上それは!」 『黙れクロヴィス。ルルーシュもだ。これは決定事項だ。大体お前たちは甘すぎる。あのような下賤な人間を傍に置くなど、何を考えているんだ』 「下賤?スザクがですか?」 『そうだ。ブリタニアの血が流れていない野蛮な人種だ。そんなモノを傍に置けば、いつ謀反を企てるかも解らない。お前はその辺の警戒はすると思っていたのだがなルルーシュ。マリアンヌ様の事、忘れたか』 「・・・忘れてなどおりませんよ」 ただ、私は殺害したのはテロリストでも他国の人間でもなく、ブリタニアの宮殿内の人間、更に言うなら皇族だと思っていますが。 流石にそれを口にはできず、ルルーシュはコーネリアを睨みつけた。 『そう睨むな。美しい顔が台無しだぞ?いいかルルーシュ。お前には今、あらぬ疑いが掛けられている。それは知っているな』 「・・・ええ。あのナリタの件が黒の騎士団手によってネットに流れましたからね。私がゼロの手を取り、ブリタニアに反旗を翻すのではないかという噂は耳にしています」 あの時のゼロとルルーシュのやり取りは、傍にいた黒の騎士団のKMFから撮影されていた。音声も鮮明なその映像はネット上で瞬く間に広がった。ブリタニアによって規制がされても一度広がったそれらの映像を消し去るすべなど無く、今は全世界に広まっている。ブリタニアに捨てられた生贄の皇子、悲劇の皇族、それが今のルルーシュに向けられる眼差しだった。それらをゼロの前で肯定したことで、マリアンヌ殺害とルルーシュとナナリーの殺害は皇帝の意思で行われたものではないかと、密かにささやかれていもいる。そして、そんなルルーシュが皇帝に反旗を翻し、ゼロの手を取るのではないかと思われているのだ。 『その疑いを払しょくするためにも、イレブンを傍に置くという愚をこれ以上犯さぬ事だ。どうしてもアレを傍にというならば、踏み絵は当然の処置だ』 言い終わると、コーネリアは一方的に通信を切断し、真っ暗になった画面をまえに、部屋はしんと静まり返った。 「ルルーシュ・・・」 クロヴィスは、怒りに肩を震わせモニターを睨みつけているルルーシュに声をかけた。 「・・・兄さん、これがブリタニアです」 ルルーシュは振り返ることなく、そう告げた。 「ルルーシュ?」 「独善で、自分が正しいと思いこみ、人の意見など聞きもしない。力で押さえつけ、それに従わないなら制裁を加えると脅してくる。人の痛みや苦しみ、悲しみなど考えもしない。奪う以外の力を持たない者、それがブリタニアという国で、姉上はその考えをものの見事に受け継いだ、まさにブリタニアの皇女様。皇帝の教育の賜物だ」 「ルルーシュ、それは・・・」 言いすぎではないかと言おうとしたのだが、振り返ったルルーシュの形相にクロヴィスは息をのみ、言葉を無くした。憤怒と言う言葉がまさに似合うその表情は、醜さよりも力強い美しさを強調しており、その瞳は今までに見た事がないほど力強く輝いていた。王者の気迫とでもいおうか、思わずその前にひれ伏してしまいたいほどの力と美しさがそこにはあった。 「ええ、認めましょう。俺はブリタニアが大っきらいだ。こんな腐った考え方をする国など壊れてしまえばいい!!今ここにゼロがいるならば!その手を喜んで取ろうじゃないか!!」 ルルーシュはそう怒鳴ると、そのままこの部屋を後にした。 あまりの迫力に気圧されて身動きが取れなくなってしまったが、ジェレミアがハッと正気を取り戻し、ルルーシュの護衛としてその後を追った。しんと静まり返ったその場に残されたのは、クロヴィスとバトレー、そしてダールトンの三人だった。 「・・・ごほん・・・あー、ダールトン」 クロヴィスは硬い表情のままダールトンを見た。 「・・・はっ何でございましょうクロヴィス殿下」 「今ここで聞いた話なのだが・・・」 「今聞いたお話、ですか?姫様の通信のあと、何かありましたでしょうか」 強張った笑みではあるが、ダールトンは精いっぱいの平静を装い、そう言った。まだ成人も迎えていない若者に気圧されるなど、今までの人生で初めてのことだった。恐ろしくも美しい。魔性のモノとはああいう者を指すのだろう。 「・・・すまない、世話をかける」 「いえ、ルルーシュ殿下のお気持ちは、十分に察する事が出来ますゆえ」 今聞いた話は、墓まで持っていきます。 ダールトンは嘘偽りのない真剣な表情でそう告げた。 「姉上は酷い人だな。スザクの師匠であった人間をスザク手で処刑させようなどと」 身内に、あるいは見知った者に処刑させるなど、私は考えもしなかった事だ。 それは殺す者、殺される者にとってどれほどの拷問だろうか。 嘗て日本と呼ばれていた頃に幼いスザクに武術を教えた師。 その処刑の話は確かに聞いていたが、直接手を下すのはブリタニア人だった。いや、そのはずだったと今は言うべきか。早朝スザクと特派が緊急命令でトウキョウ疎開を離れていた。その事に気付いたルルーシュが調べたところ、コーネリアがら手を回し、スザクがその処刑を行うよう手配を済ませていたのだ。皇族が行った命令。それも上位の皇女。呼び戻すこともできず、こうして越権行為を行った人物に詰め寄っても相手は考えを変える気など無かった。 総督はクロヴィスで、副総督はユーフェミア、そして補佐はルルーシュ。 三人もの皇族が治めている場所だというのに、その三人には連絡一つせず、上位の皇族の独断で命令が下されるなど本来はあってはならない事だが。 全ては弟のためだという言葉で一蹴されてしまうのだ。 これがブリタニア。 護っているはずの者が傷つき、怒りに身を震わせ涙する。 失うものは多いが、得られる物など何もないだろう、 強い立場にいれば、あるいは強い者の傍にいれば気付けない強者の独善。 弱者の傍にいて初めて見ることのできる光景。 それを目の当たりにし、三人は暗い表情で重い息を吐いた。 コトリ。 ほんのわずかな音を立て、盤面の駒が動く。 細く長い指が、黒の駒から離れた。 そうして、ほぅと息を吐き、無駄に豪華なソファーの背もたれにその体を沈めた。 窓の外から入り込む明るい日差しに照らされた室内には漆黒の皇族服を纏った美しい皇子。その目の前にはその立場には不釣り合いなほど、安っぽいチェス盤。庶民が使うようなそのチェス盤はよく使い込まれていて、それはルルーシュがクラブハウスから持ち出した数少ない私物だった。手になじんだその駒に手を伸ばし、今度は黒のキングを手に取った。そしてゆっくりと、思わず見惚れてしまうほど優雅な所作で手を動かし、コトリと僅かな音を立て、キングは盤面を移動した。そしてそれらを見つめ、納得がいったという様にその美しい顔に妖艶な笑みを浮かべた。 りりん。 静寂を打ち破るその音に、ルルーシュはすっと目を細めた。 鳴り響いた部屋のベル。 出るとそこには腹違いの兄クロヴィスがいた。 激昂して通信室を出たルルーシュを心配し、こうして私室に様子を見にやってきたのだろう。ルルーシュが落ち着くだけの時間を考えたのか、あれから2時間が既に経過していた。どこか落ち着きのないクロヴィスと、その従者であるバトレーを室内に招き、ドアの前に立つジェレミアを確認すると、部屋の扉を閉じた。 「ああ、チェスを出していたのかね」 テーブルの上に置かれたそれを目にとめ、クロヴィスは僅かに顔を緩めた。 「ええ。心を落ち着けるにはこれが一番ですから」 あれだけ激昂していたルルーシュが驚くほど落ち着いていて、幼いころからチェスを好んだ弟の言葉に、クロヴィスは納得したように頷いた。この弟には今まで一度も勝った事がない。唯一常勝無敗で勝っていたのはシュナイゼルだけだ。 今手合わせしてもまた負けるだけだろうが、この会話の流れで「今度手合わせを」と申し出ようとした時、その盤面が気になり、思わずテーブルへと近寄った。 黒のキングの前には白のナイト。 白のキングは既に倒れて盤上に転がっている。 盤面に白の駒はほとんどなく、黒の駒がせめぎ合っていた。 白をブリタニアとするならば、ルルーシュはこの盤面でブリタニアに圧勝したという事だろうか。白のナイトをスザクとするならば、白のキングはルルーシュだろう。スザクに出された命令を撤回出来なかった自分自身の無力さを示していたのだろうか。 「それで、何か用ですか?」 お茶の用意をしながらルルーシュは尋ねた。 カチャリカチャリと、僅かな食器の音が響く。 どこか落ち着きのないクロヴィスは、あまりにも冷静なルルーシュに、これはおそらくとあたりをつけ、ゆっくりと話しかけた。 「ルルーシュ、どうやらテレビやラジオなどで何も聞いていないようだね」 「・・・何も、とは?」 確かにあの通信室を出てから今までラジオもテレビも聞いていない。ニュースと呼べるものは一切耳にしていないなと思い至り、思わず顔を曇らせると、その反応でやはりとクロヴィスとバトレーは眉を寄せた。 たったそれだけの事だが、何か良くない事があったのだとすぐに悟った。 「私の口から話すよりも見た方が早いだろう」 テレビかラジオをつけるようにと促す兄に、ルルーシュはお茶を用意するのをやめ手早くリモコンを操作した。 映し出された画面には緊急ニュースが映し出されており、その内容にルルーシュは驚き目を見開くと、次々とチャンネルを変えていく。どのチャンネルも速報としてこの話題を取り扱っていた。 一つは黒の騎士団に関するもの。 もう一つは。 「・・・これは・・・どういう・・・」 「見ての通りだよ。今日、私の美術館の落成式にユーフェミアを行かせていた事は知っているね」 本来はクロヴィスが参加するべきなのだが、エリア11、そして本国において総督のクロヴィス、補佐のルルーシュが目立ち過ぎていて、ユーフェミアの存在が希薄となっている事をコーネリアが気にしており、ならば落成式などの公務をユーフェミアにとなった。クロヴィスは今、表で行う公務より事務作業の方が立て込んでいる為、ユーフェミアに似あう衣装を喜んでデザインし、送りだしていたのだ。 その会場で起きた騒動。 「あの会場のスクリーンに、スザクと黒の騎士団との戦闘が映し出されていたそうだ」 黒の騎士団が藤堂救出のため攻めてきた事はクロヴィスも把握しており、政庁から指示を出していた。そしてコーネリアの命令でその場にいたスザクに命じ、迎撃をさせた。ランスロットの活躍はすさまじく、藤堂を取り逃がしてしまったが、複数のKMF相手に引けを取らない動きを見せていた。 圧倒的不利な場面で鬼神のごとき働きをするランスロット。 その映像を見ていたユーフェミアが宣言をしたのだ。 今、テレビにも流れている宣言を。 『あの方が私の騎士です』 堂々とした声で、その手はコックピットの屋根を破壊されたスザクに向けられていた。 ***** 先の展開はともかく、これを書いてて、スザクは裏切り属性だから、これだけ信頼を得た状態で本編みたいなことやったらどうなるんだろう、やらかしてくれないかなと考えてしまいました。今後に期待!(書くの私だけど) ちなみに、クロヴィス生存のため、シャーリーの父はナリタに行ってません。だからシャーリー父は生存。 |